2005年03月01日

第54号 アカデミー賞観戦記 「マスク2」紹介

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       シカゴ発 映画の精神医学

   ●第54号●   2005年3月1日発行          
 
  発行者:  樺沢紫苑    発行部数 : 6787部

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    【 目 次 】
■1 はじめに 
■2 アカデミー賞観戦記
■3 アカデミー賞 結果速報
■4 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし) 
            「マスク2」
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■1 はじめに
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 ついに、アカデミー賞発表。
 ある程度予想の範疇ではありながらも、ちょっとだけ意外な結果に・・・。
 まずは、アカデミー賞観戦記をお読みください。

 今回は、アカデミー賞の特別編成でお届けしますのので、精神医学、心理学
的記事はありません。次号、「マシニスト」のヘビーな精神病理について解説
予定ですので、お楽しみに。

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■2 アカデミー賞鑑戦記 
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■ クリス・ロックの司会ぶり

いよいよ待ちに待った、アカデミー賞授賞式。
まずは、クリス・ロックの軽快なトークで、授賞式は始まった。人種ネタな
どもどんどん飛びだす毒舌コメディアンとして知られるロックは、何かやらか
すのではないか、という懸念もあったが、表面的には無難にこなしたとおも
われる。授賞式後の特番でも、批評家たちも彼の司会は良かったと誉めていた。
 
 いくつかの映画や俳優をだしにしてトークを展開していたが、私的には「パ
ッション」のネタが、おもしろかった。これをおもしろがるには、若干の予備
知識が必要。「パッション」には、ユダヤ人がイエスを殺したことを描いた作
品として、アメリカでは反ユダヤ映画としてとらえられている。一方、ハリウ
ッドとアカデミー賞を選ぶアカデミー会員にはユダヤ人がとても多い。

 「シンドラーのリスト」や「ドライビング・ミス・デイジー」のようにユダヤ
問題を扱う映画は、アカデミー賞で有利となり、反ユダヤ映画はノミネートすら
されない。今回は、「パッション」は作曲賞1部門のノミネートであったが、
むしろよくノミネートされたな、と驚くほどである。

 このような、「アカデミー会員の大嫌いな『パッション』」を、敢えて話題
に入れてきたロックのセンスは絶妙。アカデミー賞の閉鎖性を、笑いで包み込
みながらも、揶揄しているのではないかと、私は見た。
 
■ 時間短縮のために・・・
 
 今回のアカデミー賞は、マイナーな部門は時間省略のため、客席でオスカー
像を渡すと言われていた。せっかくの晴れ舞台に、びといことをするものだ、
と思ったが実際はちょっと違った。美術賞、衣装デザイン賞などは、ノミニー
全員が最初から舞台に上がっており、発表されると受賞者がスッと前に出てオ
スカー像をもらうという方式であった。
 
 メイクアップ賞では、プレゼンターのケイト・ブランシェットが、ノミニー
の座っている客席のすぐ近くに立っていて、受賞を発表。受賞者は、席から立ち
上がり、通路に出て、オスカー像を受け取り、通路でスピーチをするという形
式であった。テレビを見ている分には、そんなに失礼な印象はなかった。

■ 「アビエイター」有利の展開

 美術賞と衣装デザイン賞は、「アビエイター」が受賞。
 そして、助演女優賞は「アビエイター」のケイト・ブランシェットが受賞。

 ブランシェットの頬ににキスをした、ディカプリオの笑顔が印象的だった。
 さらに編集賞も、「アビエイター」と、すでに4部門もとってしまった。
 この調子で、10部門くらい総なめしてしまうのか。
 そんな雰囲気もただよう。
 
 そんな中、助演男優は、モーガン・フリーマンと「ミリオンダラー・ベイ
ビー」が食い込む。
 これは、予想通りの妥当な受賞といえそうだ。四度のノミネートで、ようや
く受賞にこぎつけた。目が少し赤くなったフリーマンのスピーチは、感動的。
 
 「アビエイター」4部門、「ミリオンダラー」1部門で、後半戦へと突入す
るが、私には何か嫌な予感があった。あまりにも調子が良すぎる。「タイタニ
ック」で11部門受賞していながら、主演男優だけ逃したディカプリオ(ノミ
ネートもなし)。その再現にならなければいいが・・・。 「アビエイター」
10部門受賞で、主演男優だけイーストウッドということになれば、ディカプリ
オがかわいそうすぎる。
 
■ 中盤は、バランスよく

 中盤は、マイナーな部門の受賞が続く。 

 脚色賞 「サイドウェイ」、脚本賞「エターナル・サンシャイン」、作曲賞
「ネバーランド」など、「アビエイター」「ミリオンダラー」以外の作品にも、
バランスよく賞が行き渡る。

■ ルメットの名誉賞にスコセッシ男泣き

 中盤の見所は、名誉賞を受賞したシドニー・ルメットである。
 「12人の怒れる男」や「狼たちの午後」「評決」などの社会派監督で知ら
れる。
 「狼たちの午後」のアル・パチーノが紹介役となった。スコセッシが、ルメ
ットの受賞に大粒の涙を流していたのは、印象的。
 世代的には、彼らは同世代監督である。
 また、ルメットのスピーチが良かった。
 「影響を受けた人、恩恵を受けた人、アイディアを盗ませてもらった人の全
てに感謝しても感謝しつくせない。だから私は、映画そのものに感謝した
い。」
 映画そのものに感謝したい。これには、私ももらい泣きだ。
 
■ 主演賞は・・・

 さて、あっという間に。二時間が過ぎていた。いよいよ後半の主要部門だ。
 主演女優賞は、ヒラリー・スワンク、「ミリオンダラー」だ。
 これも、妥当なせん。彼女の喜びも、GG賞の時ほどではなかったように見え
た。
 スワンクの紺のドレスは一見すると凄く地味。しかし、後ろを見てビックリ。
 背中がお尻のあたりまで開いていて超大胆。
 おいしいところを、持って行ったという感じ。

 そして、主演男優賞は・・・ジェイミー・フォックス。
 グラミー賞で追い風が吹いていたとは聞いていたが、受賞までこぎつけると
は・・・。
 意外と、アカデミー賞の投票というのは、ギリギリにする人が多いというこ
とがわかった。
 これは、私にとっては意外な受賞だった。
 フォックスはスピーチの最後には、感極まって涙していた。
 これって、GG賞の時も、ほとんど同じだったけど・・・。

 やはり、ディカプリオの受賞は無理だったか・・・。とって欲しかったけ
ど・・・残念。フォックスのスピーチの最中に映ったジョニー・ディップの憮
然とした表情が印象的。「ネバーランド」は、作曲賞1部門だけの受賞だった
ので、不本意なのはわかる。

■ 監督賞は・・・

 そして注目の監督賞は・・・イーストウッドだ!!
 スコセッシ受賞ならず・・・。
 ディカプリオは受賞ならずとも、スコセッシはとるだろうと思ったのに。
 受賞式後の批評家の解説では、「今回のアカデミー賞での最大のサプライズ
は、スコセッシが監督賞を逃したことだ」と言っていた。

■ そして、作品賞 

 主演女優、監督賞と「ミリオンダラー」の勢いはとまらない。
 せめて、作品賞だけでも、「アビエイター」がとらないとスコセッシとディ
カプリオが、みじめ過ぎる。
 
 作品賞のプレゼンターとして舞台に上がったのは、バーブラ・ストイサンド
とダスティン・ホフマン。
 この二人は、「ミート・ザ・フォッカー」で夫婦役を演じたコンビであるこ
とを知らないと、彼らの夫婦漫才的なトークが理解できないだろう。
 さあ、発表。・・・・・・「ミリオンダラー・ベイビー」

 やはり、そうきたか。イーストウッド強し。イーストウッドの根強いファン
は、ハリウッドの映画人にも、多いのだなあ・・・と実感。
 結果を見ると、「ミリオンダラー」が、作品賞、監督賞、主演女優、助演男
優と主要部門を総なめだ。

 来年こそ、三度目の正直。スコセッシとディカプリオのコンビには、「The
Departed」で雪辱を果たして欲しい。

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■3 アカデミー賞 結果速報 
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作品賞 「ミリオンダラー・ベイビー」
監督賞 クリント・イーストウッド 「ミリオンダラー・ベイビー」
主演男優賞 ジェイミー・フォックス 「Ray/レイ」
主演女優賞 ヒラリー・スワンク 「ミリオンダラー・ベイビー」
助演男優賞 モーガン・フリーマン 「ミリオンダラー・ベイビー」
助演女優賞  ケイト・ブランシェット 「アビエイター」
脚本賞  「エターナル・サンシャイン」
脚色賞  「サイドウェイ」
撮影賞  「アビエイター」
編集賞  「アビエイター」  
美術賞 「アビエイター」
衣装デザイン賞  「アビエイター」
メイクアップ賞  「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」
作曲賞  「ネバーランド」
歌曲賞  Al Otro Lado Del Rio「モーターサイクル・ダイアリーズ」
録音賞 「Ray/レイ」
音響編集賞 「Mr.インクレディブル」
視覚効果賞  「スパイダーマン2」
長編アニメ映画賞  「Mr.インクレディブル」
外国語映画賞  「海を飛ぶ夢」(スペイン)
長編ドキュメンタリー賞  「ボーン・イントゥ・ブラザルズ」
短篇ドキュメンタリー賞 「マイティ・タイムズ」
短篇アニメ映画賞 「ライアン」
短篇実写映画賞 「WASP」
名誉賞  シドニー・ルメット

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■4 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
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  マスク2          2月18日アメリカ公開  4月16日日本公開
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「マスク2」日本語オフィシャルサイト
http://www.mask2.jp/

 意外とおもしろい。と言っては失礼だが、予想を超えるおもしろさであった。
 ジム・キャリーの「マスク」の続編。今回は、主演俳優も変わり、前作を超
えることは難しそうに思えたが、卒なくおもしろい映画に仕上がっている。
 
 予告編を見ると、「トムとジェリー」のような古典的なアメリカのアニメー
ションを最新CG技術で映像化しただけの作品のようだが、物語もしっかりして
いる。主人公ティムの「子供の養育」の騒動に加え、ティムの成功物語が良い。
私自信、個人的に「自分の夢を実現する」というサクセス・ストーリーが好き
だということもあるかもしれないが・・・。
 
 ティムは、アニメーターの卵で、将来自分のアニメーション作品を作りたい
と夢見ている。ティムはアニメーション会社に勤務するものの、彼の仕事は亀
の着ぐるみに入って見学者を案内する仕事だ。その彼が、魔法のマスクをめぐ
る騒動の中、アニメーターになるためにどうやってチャンスをつかんでいくの
か、という過程が結構しっかりと描かれていて、そのくだりが個人的にはとて
も共感した。

 この作品自体がアニメ的な作品だが、その劇中にさらにアニメを出すことで、
例えば「オペラ座の怪人」のような、舞台で描かれる舞台という、劇中劇的な
要素が加えられているのもおもしろい。 

 映画のテンポもよく、笑いも十分。そして、不覚にもラストでは、泣いてし
まった。全然、感動するような映画ではないのだ。しかし、最後はしんみりと、
さわやかな感動に包まれた、これは、予想外で正直やられたなあ、という感じ。
監督は「キャッツ・アンド・ドッグス」の、ローレンス・グッターマンだが、
この脚本をこれだけおもしろく演出できる力は、なかなかのものである。
 
 あまり期待して見に行くとハズすと思うが、恋人同士が気楽に見に行く映画
としては、とても良いのではないだろうか。

 お薦めする人
・単純なコメディが好きな人
・映画は楽しければそれでいいという人

期待はずれになる人
・軽い映画、荒唐無稽な映画が嫌いな人

樺沢の評価 ★★★☆  (★5個が満点)

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■ 発行者: 樺沢紫苑
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2005年02月04日

第47号 「レイ」の本当のトラウマは? 「マシニスト」紹介

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第47号●   2005年2月3日発行           
 
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 6245部
メールマガジン登録: http://www.mag2.com/m/0000136378.htm
   
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    【 目 次 】
■1 はじめに 
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
      「マシニスト」
■3 今週の映画分析  「レイ」 トラウマ克服と気付き  
■4 読者の凄い投稿  「ランボー」
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■1 はじめに
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 ここ数回、本格的な「今週の映画分析」が掲載されておらず、ややパ
ワーダウンとお感じの読者も多いでしょう。しかし、私の個人の問題より
も、どちらかというと日本での上映作品の問題です。
 「ハウル」との対決を避けるべく、あるいはアカデミー賞受賞による宣
伝効果を狙ってか、日本では12月、1月は良質な作品の公開数が少なかっ
たように思います。
 「レイ」「アレキサンダー」「アビエイター」などが、続々と公開です。
これらの作品は、精神医学的にも語るべき点がたくさんあります。
 特に、「アレキサンダー」「アビエイター」に関しては、内容の濃い、
深い考察を準備していますのでお楽しみに。

 とは言ったものの、私の一年のパターンとしては、冬場はうつ的に、夏
場は躁的になる傾向があるようです。基本的に、寒いのは嫌いで、寒さで
身体が萎縮するばかりではなく、脳の活動も低下してしまいます。
 今年の冬も半分は超えましたので、あと一ヶ月何とか乗り切りたいと思
います。

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■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
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  マシニスト             2月12日 日本公開
└──────────┘

「マシニスト」日本オフィシャルホームページ
http://www.365sleepless.com/
 
 まずは、オフィシャルサイトで予告編をご覧いただきたい。
 多分、これを見ると多くの人は、この映画を見たくなるはずだ。
 
 機械工のトレバーは不眠症に悩まされる。そして、トレバーの周囲では、
不可解な出来事が次々と起こりはじめ、謎の男にも追跡される。自分は何
者かに狙われている。何か、陰謀に巻き込まれたのか?
 トレバーは精神に異常をきたしたのか。それとも、全ては現実なのか?

 まず、このトレバーの心理描写が良く出来ている。
 異常心理をリアルに克明に描いている。
 ラストシーンは、十分な意外性がありながら、彼の異常心理の描写が、
その伏線となっているため、納得させられるのだ。
 また、30キロ減量したというクリスチャン・ベイルの痩せこけた姿が、
不眠症の男という設定に、圧倒的ナリアリティを与えている。

 テイストとしては、「ローズマリーの赤ちゃん」と「メメント」を足し
て三で割ったような映画。
 「ローズマリーの赤ちゃん」的というのは、前述のようにトレバーが正
気なのか、狂気にとりつかれているかが、最後までわからない。
 ローズマリーが悪魔によって妊娠させられたというのは、妄想なのか、
現実なのか。
 これと同じように、サスペンスと謎解きの面白さが楽しめる。
 そして、その部分がおもしろさの原動力となっている。

 「メメント」的というのは、全体の構成がかなり複雑で、回想が突然入
ったり、しっかりと見ていないと、時系列が混乱してくる。これは監督の
意図で、トレバーの混乱や苦悩をそうした乱れた回想で表現している。

 「ニで割った」のではなく、「三で割った」ようなというのは、かなり
緻密な脚本で、クリスチャン・ベイルの演技もいいのだが、全体のテンポ、
特に前半がスローで、映画の密度がやや薄く感じられる点だ。
 ただ、これ以上前半のテンポが早まると「ソウ」や「メメント」の
ように、理解不能な観客が多発する可能性があるので、一般観客のレベル
を想定すれば、妥当なのかもしれない。

 心理描写による恐怖や小道具の使い方のうまさには優れたものがある反
面、映像による恐怖が物足りない。全体の青みがかった映像は、意図的な
ものだろうが、後半になると似た映像に飽きてくる。

 また、人間の心の闇を描いた作品であるから、全体に雰囲気が暗いし、
決して痛快な映画ではないので、「娯楽映画を見たい」という人は、期待
はずれになるだろう。

 とはいえ、「低予算でここまで頑張った」と言うべきなのだろう。
 狂気の心理状態の描写としては優れたものがあり、ラストのネタあかし
に、多くの人は「やられた」と思うはずだ。異常心理に興味を持つ、「映
画の精神医学」の読者の皆さんであれば、とても楽しめる作品だと思う。

お薦めする人
・しっかりとした心理描写を見たい人
・ラストで「アッ」と驚かされる映画を見たい人
・「ローズマリーの赤ちゃん」や「メメント」が好きな人

期待はずれになる人
・痛快な娯楽映画を期待する人

樺沢の評価 ★★★☆  (★5個が満点)


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■3 今週の映画分析  (ネタバレなし) 
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    レイ           トラウマ克服と気付き
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 「レイ」が日本でも公開された。
 「レイ」はレイ・チャールズの栄光ではなく、心の闇を描いた作品。
 彼が薬物中毒を克服するまでの物語と言ってもいいだろう。
 
 さて、レイの心理を考察してみよう。
 レイは、子供の頃、弟を水死させてしまう。
 実際には、彼は手を下していないが、彼が他の人に知らせなかったため
に発見が遅れた。
 間接的に、「殺した」「殺してしまった」ということになろう。

 その出来事は、レイにとってのトラウマと言っていいだろう。
 何かにつけて、弟の死の記憶がよみがえり、パニック状態になる。
 彼が、弟を殺してしまったことに対して、強い罪責感を抱いていたのは、
間違いない。
 結果として、彼はその罪責感から逃れるべく、つかのまの心の安息を求
めるためにコカインへと手を染めていく。

 では、彼が薬物中毒になってしまった、その理由は「弟を殺してしまっ
た罪悪感から」だろうか?
 彼の本当のトラウマは、弟を殺したことなのだろうか?
 実は、違う。
 
 彼が、薬物中毒へと陥った本当の理由は何か?
 彼の本当のトラウマは何か?

 それは、「母親から見捨てられた」ということではないだろうか?

 詳しく言うと、「弟を殺してしまったレイを母親が責めていた」と彼が
感じていた、ということだ。

 これは、「弟を殺してしまった罪悪感」とは、全く異なる。
 つまり、「弟を殺してしまった罪悪感」とは、「弟に対して」申し訳な
いと思う気持ちである。
 もちろん、そういう気持ちもあるが、レイの中でメインになっていた感
情は、大切な弟を失ってしまった母親の悲嘆。母親に対する申し訳のなさ。
そして、そのことで母親が自分を責めているのではないか?
 母親が、自分に対して冷たくあたっていたのは、そのせいではないか?
 母親が、自分を家から追い出したのは、弟を殺したせいではないか?

 このような、弟に対してではなく、「母親に対する罪責感」こそが、
レイの真のトラウマと思われる。
 実際の回想シーンでいえば、例えば弟の葬式のシーン。悲しみに嘆き、
レイに冷たくあたる母親の姿がある。目が見えなくなるとわかったレイに
対して、慰めややさしい言葉の一つもかけない母親。
 というように。

 レイは、母親への罪責感から逃れるために、コカインへ手を染める。
 やがて、中毒となり、コカインなしでは生きられないようになる。 
 そして逮捕され、精神病院に入り薬物中毒の治療を受けること
になる。

 薬物中毒の治療のために、精神科では何をするのか?
 特に、何もしない。
 
 と言っては、誤解を招くが、薬物からの離脱症状を和らげるために薬を
投与するし、精神療法もする。「レイ」に登場する精神科医の対応は、ア
ッサリした感じだったが、あんなものだろう。精神科医はヒントや助言を
与えるが、あくまでも、重要なの自分である。
 精神科医が病気を治してくれるわけではなく、自分で治す糸口を見つけ
なくてはいけないのだ。

 精神科に入院すると、何もすることがない。そこが大切である。
 薬物に逃げることもできないし、音楽で気を紛らわすこともできない。
 つまり、自分と直面しなくてはいけない。
 本当の自分自身と。

 わかりやすくいえば、「薬物に逃げる」ということは、「本当の自分」
「本当の自分の過去」に直面したくない。
 現実からの逃避。過去からの逃避である。
 自分の過去と折り合いがついていないので、最初は小さな歪も、成長す
るごとに大きな歪へと拡大していく。
 精神科に入院し、どこにも逃げられない。
 退路が絶たれた状態で、自分自身と直面する。これが大切である。
 
 レイは、離脱症状に苦しむ。
 離脱症状とは、禁断症状とほぼ同じ意味だが、薬物が身体から完全に抜
けるまでの状態のこと。
 激しい焦燥感に襲われ、イライラしたりじっとしていられなくなる。
 汗が出たり、震えが出たりする。
 精神的にも、肉体的にも非常に苦しい状態である。

 その離脱症状の中で、レイは自分が今まで思い出すことを避けていた、
少年時代の記憶と立ち向かう。
 そこで、明らかにされるのは、意外なことに「レイを責める母」ではな
く、「レイを思いやる母」であった。
 盲目となった自分に、母親はつらくあたり、厳しい態度をとっていたよ
うに思っていたレイ。しかしその厳しさは、母親に依存しすぎない。目が
見えなくても、しっかりと一人で自立して育って欲しい、たくましく育っ
て欲しいという母親の「愛」のためであった。

 幼いレイの出立を、涙を流しながら見送る母親。
 母の厳しさは、レイを愛するがゆえの愛のムチであった。
 そのことに、レイは気付く。
 これが本当の「気付き」である。

 母親が弟の死のことで自分を責めていたトラウマ。
 それは、自分の思い違いであることを知り、レイはトラウマを乗り越え
た。もはや、薬物に頼る必要はない。
 レイは、薬物中毒を克服した。
 
 「レイ」では、彼の華やかな女性遍歴が描かれる。
 実際には、映画で描かれる以上にもっと多くの愛人がいたようである。
 レイが多くの女性を渡り歩いた心理学な理由は、明快である。

 レイは、母親の愛を十分に受けて育っていなかった。
 実際は、母親はレイを愛していたはずだが、レイはその愛を感じていな
かった。レイは、母性愛に餓えていた。
 その母性愛を、妻や愛人の中に、無意識に求めようとしていた。

 これは、よくあることだ。例えば「スター・ウォーズ エピソード2」
では、アナキンは母シミを失った後に、すぐにアミダラと結婚するわけだ
が、それも同様の心理であろう。

 「レイ」の華やか女性遍歴も、一種の「逃避」である。
 妻や愛人との「愛」の中に身を投じることで、母親との愛情の問題から
逃げようとした。
 「母親に捨てられた過去」と対峙することを避けていたのである。

 あるいは、さらに深く考えれば、「音楽」もまた「逃避」だったのかも
しれない。
 彼は、演奏やステージの前や後に、トラウマのフラッシュ・バックに悩
まされる。少なくとも、演奏中にはそんなことはない。
 そして、演奏中の彼は自らを表現し、ハツラツとした表情を見せる。
 音楽に熱中している間は、いやな過去の思い出は忘れられる。

 私は、心の病を治すためには「気付き」が大切であると、繰り返してい
る。この映画で描かれる「気付き」こそが、本当の気付きである。
 そして、この映画は、過去から逃げないこと。自分自身と立ち向かうこ
との大切さを教えてくる。

 薬物中毒を克服したレイ・チャールズは、その後20世紀を代表する音楽家。アメリカのヒーローとして、輝かしい成功を収める。
 それは過去に縛られた自分を開放し、本当の自分を発見したから。
 「逃避」としての音楽ではなく、自分のための音楽を始めたからであろう。

 未見の方は、見逃さずに是非見ていただきたい映画である。

レイを見終わった後に欲しくなるのはこれ→ http://tinyurl.com/62dxx


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■4 読者の凄い投稿  (ネタバレなし) 
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 精神科医、熊木先生のメルマガ「臨床公開相談」から、「ランボー」に
関係した記事を、抜粋、要約したものを投稿していただきました。
 Qが一般の方からの質問。Aが熊木先生の回答です。

 『あなたはガンではなかった、よかったですね』  

Q:51歳の女性です。ちょうど1年前、45歳の時に切除した卵巣ガン
の転移が肺に見つかり、担当の外科医から「もう切除できない」といわれ
てしまいました。「もってあと6ヶ月の命」ともいわれたので、ひどく動
揺しました。家族の支えもあり、さまざまな葛藤の末、ようやく運命を受
容しようという気持ちをもてるようになりました。家族やこれまでの人生
でお世話になった方に感謝を捧げながら、遺言状をしたためていた時のこ
とです。

担当の外科医から突然次のようなことを聞かされました。「院内カンフ
ァレンスで他の医師と話し合った結果、あれはガンでないことが判明した。
よかったですね」と。寝耳に水とはこのことです。意を決して身近な友人
には、もう長くないから、と告げてしまったあとだったのです。急いで、
みんなに詫びをいれたところ、「ホントよかったわね」と喜んでくれまし
た。

蘇ったような心持ちでびっくりと同時に、喜びをかみしめていたのも束
の間、担当医からの再告知から1ヵ月後に深いうつになってしまいました。
こんなうれしい知らせのはずなのに、なぜうつなどになってしまうのでし
ょう。再びもらった大事な命のはずなのに、最近それを投げ出してしまい
たくなるような気持ちに襲われる私は、本当にわがままです。娘たちも、
「いいかげんにしなさいよ」と私に愛想尽かしかけています。なんとかな
らないものでしょうか。

A:『ランボー』という映画、ご存知ですか。20年程前のアメリカ映画
で、シルベスター・スタローンという俳優が主演でした。主人公ランボー
は、ベトナム戦争の帰還兵です。彼らは、ベトナムからアメリカに帰った
当初、その戦功を顕彰され、一躍ヒーローとなりました。しかし、ベトナ
ム戦争が終わってしまうと、あの戦争は何だったんだというような懐疑的
な見方が、アメリカ国内においても広がり、人々は忌まわしい記憶として
その事実を葬り去ろうとするようになります。

それと同時に、ベトナム帰還兵は帰国した時とは打って変わって、まる
で存在しなかったかような扱いを受けるようになってゆきます。誇りを失
い、社会において占めるべき位置も失い、生活も心もすさみゆく彼ら。そ
ういった状況で、ランボーはうちから沸き起こる怒りを、また別の戦いの
場に向けてゆく・・。私はこの相談を目にしたとき、この『ランボー』と
いう映画が一瞬頭をよぎりました。戦争とガンの告知に、何の関係がある
かって?
(中略)

先に、映画『ランボー』の話をしました。この映画については、ベトナ
ム戦争を主題とした反戦映画、ベトナム戦争後のアメリカの虚無を描いた
映画であるとか、いろいろな論評があるでしょうが、それはここでは取り
上げません。『ランボー』は、見方によっては”英雄墜落”の物語です。
ある時期を境に、毀誉褒貶が相半ばしてゆき、ランボーのベトナム帰還兵
としてのアイデンティティが大きく揺らぎます。彼は時代に翻弄された結
果、かつての栄光を失い、怒りに打ち震えているのです。まさに、憤懣や
るかたないとはこのことです。

ここで、(時代 → 医師の宣告)(栄光 → まわりの共感)(怒り → 
うつ)と置き換えると、これまでのあなたの状況に似てきませんか。
”悲劇”の渦中にあったのに、急に誰からも相手にされなくなったという
のは、一種の”喪失体験”なのです。死の宣告撤回によって、命拾いした
ようにみえて、実は大切な何かを失くしてしまっていた。その何かとは、
まわりの人が寄せる共感・同情、それに集中的に注ぎ込まれた家族愛です。
 (後略)

 この記事がおもしろいと思った人は、熊木先生のメルマガを登録して
みませんか。こちら↓↓

精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」
http://www.mag2.com/m/0000139489.htm


[樺沢コメント]
「ランボー」は、「ロッキー」と並ぶシルベスタ・スタローンの代表作。
 しかしながら、私の印象では、不条理な扱いを受けたベトナム帰還兵が
ブチ切れる映画という、単純なアクション映画。
 これだけ深い心理が描かれていたとは、思いもしませんでした。
 
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第46号 「ステップフォード・ワイフ」紹介、「自己の相対化」

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第46号●   2004年1月30日発行          
    
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 6156部
メールマガジン登録: http://www.mag2.com/m/0000136378.htm
   
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    【 目 次 】
■1 はじめに 
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
              「ステップフォード・ワイフ」
■3 精神医学の目  「自己の相対化 〜 治癒への起点」
─────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 はじめに
─────────────────────────────────
 
 当メルマガのバックナンバーは、「まぐまぐ登録ページ」からは、最新
号だけしか見られませんが、その他の号についても見られるようにしまし
た。2005年1月分からのバックナンバーを、ブログ上にアップしましたの
で、最近登録された方は是非ご覧ください。
 
 http://eisei.seesaa.net/
 
 なお、読みやすさを配慮して、広告、メルマガ紹介、期間限定のお知ら
せなどは削除しています。また、内容に誤りなどが見られた場合は、加筆
訂正を加えることもあります。皆さんに配信したものとは、全く同じもの
ではありませんので、その点は、ご了承ください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
─────────────────────────────────
┌────────────┐
  ステップフォード・ワイフ        2月5日 日本公開
└────────────┘

「ステップフォード・ワイフ」 日本オフィシャルサイト
http://www.stepfordwife.jp/

 ニコール・キッドマン、マシュー・ブロデリック、ベット・ミドラー、
グレン・クローズ、 クリストファー・ウォーケンという豪華な俳優陣。
 ニコール・キッドマン以外は、いずれも90年代に活躍していた俳優、
という感じだ。
 
 個人的に見逃せない、と思ったのはフランク・オズが監督であるという
こと。フランク・オズとは、「スター・ウォーズ」のヨーダの声優である。
というか、旧三部作ではヨーダのマペットを操作していたが、今はCGに
なったので、声だけの出演だ。
 フランク・オズは映画監督もしていて、「ダーク・クリスタル」
「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」と、なかなかユニークでおもしろい
作品を撮っている。そんなわけで、私にとっては、「ステップフォード・
ワイフ」は、ちょっと見逃せない作品であった。
 
 敏腕TVプロデューサーのジョアンナは、大失敗をおかしてTV局を辞
職した。夫のウォルターは新たな土地で再起を図ろうと提案、ステップフ
ォードという美しい町へ引っ越す。そこには、貞淑で美しい理想的な妻
たちが住んでいたが、彼女たちには秘密があった・・・という話。

 原作は、「ローズマリーの赤ちゃん」「ガラスの塔」のアイラ・レビン
である。レビンの原作ということで、どうしてもサスペンスを期待して
しまうが、この映画にサスペンスや最後に明かされる「秘密」の意外性を
期待すると、失望するだろう。
 
 この映画の見所は、個性派俳優の競演にある。
 まず、ニコール・キッドマンが美しい。トム・クルーズと離婚してから、
美しさに磨きがかかったようだ。
 そして、グレン・クローズとクリストファー・ウォーケンの超アクの強
い夫婦も、妙におもしろい。
 私が一番笑ったのは、ベット・ミドラーである。彼女はユダヤ人である
から、実際に劇中でもユダヤ人の売れっ子小説家の役として登場。
 ユダヤねたでも笑わせてくれるし、彼女のからみは全て笑える。

 監督のフランク・オズ。原作のアイラ・レビン。マシュー・ブロデリッ
クにベット・ミドラーと、四人もユダヤ人が関わっているので、
「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」のようにユダヤ的なテーマが
扱われると期待したが、そこまでのものはなかった。

 テーマとしては、男性にとっての理想的な妻像というものは、女性の考
えるそれとは全く異なるということ。そのギャップみたいなものが、笑い
の原点にもなっている。

 この映画は、あまり肩肘はらずに、気軽に楽しんで欲しい。
 ストーリーの矛盾とか、結末の甘さとか、欠点を指摘すればきりがない
が、あくまでもこれはコメディタッチのサスペンスである。映画全体の雰
囲気と俳優の魅力を素直に楽しめる人には、十分おもしろい作品だろう。

お薦めする人
・この俳優の顔ぶれで、見に行きたいと思った人
・軽いタッチのコメディが好きな人

期待はずれになる人
・ステップフォード・ワイフの謎ってなんだ? と謎解きを期待する人
・ニコール・キッドマン以外の、他の俳優に思い入れのない人

樺沢の評価 ★★★  (★5個が満点)


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ておいた方が良いでしょう。(樺沢)

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■3 精神医学の目  (ネタバレなし)
─────────────────────────────────
┌────────────────┐
  自己の相対化 〜 治癒への起点
└────────────────┘
 
 前回の「なぜ、人は死にたいと思うのか?」の続きです。
 精神科に通院する患者さんには、共通の特徴があります。
 そして、その傾向は自殺念慮の患者さんに、特に強く現れているように
思います。それは、「自分の調子は最悪」「自分が世界で一番運が悪い」
と常に思っているということです。

 なかなか病気が治らない患者さんの多くは言います。
「今日は最悪だ」。
 明らかに、先週より調子が良くても、そう言います。

 「先週より、表情も良くて元気そうですね」というと、むしろ気分を害
して、「そんなことはない。今日は最悪だ」と語気を強めて言います。
 つまり、病気が治ってきていても、「最悪」としか認識できないのです。
 自殺念慮をいだきやすい患者さんは、自己評価(自分自身の評価)が低い
のが特徴です。
 そして、「いつまでたっても病気が治らない」と考え、薬や通院をやめ
たりして、本当に治らなくなってしまいます。

 治療者は、こうした患者さんには、自己を相対化するように促します。
 Dr 「今日の気分は、10点満点で言うと何点ですか?」
 患者「3点です」
 Dr 「そうですか、こないだは2点でしたから、ちょっぴりですけど、
良くなっていますね」
 患者「そういえば、そうかも・・・」
  こんな感じです。

 精神科のいくつかの疾患には、患者さんの自助グループや集団療法が、
めざましい効果があります。
 そうした会に参加した患者さんは、みな同じことを言います。

 「この病気で苦しんでいるのは自分だけではなかったことを、初めて知
りました。他にも大変な病気を抱えて頑張っている人を見て、とても励ま
されました」と。

 つまり、自分と他人の比較。自己を相対化することができたわけです。
 自分以外の外の人に目を向けることができるようになったわけです。
 そして、それは自分以外の世界への興味につながります。
 こうした患者さんは、社会との接点に気付き、急速に回復に向かいます。

 私が、患者さんに「ホテル・ルワンダ」を見て欲しい理由は、
「生きるのに意味や目的など必要ない」という気付きを得て欲しいからで
す。「あなたより不幸な人はいる」ことを自覚させるために見て欲しいわ
けではないのですが、もし自分の状況と映画の人物の状況を比較できると
したら、それは病気の治癒、あるいは病気の克服に向かって大きく歩みだ
している証拠でしょう。
 自己の相対化が始まっているからです。
 自己の相対化は、治癒への起点となります。 

 私は、時々患者さんに本や映画を勧めます。
 しかし、実際にそれを見たり読んだりする人は、10人に1人もいません。
 しかし実際に、その助言に従ってくれた人は、その後明らかに病気が良
い方に向かいます。
 
 「本や映画を見てみよう」と思う気持ちが、社会に対して目を開き始め
たということです。
 つまり、その本や映画の内容が言いか悪いかは別として、他人の意見や
考えに耳を傾けてみようと思う気持ちが、自己の相対化を開始していると
いうことなのです。
 病気を治るきっかけをつかみ始めている、ということです。

 また、ごく稀ですが、患者さんの方から、何か参考になる本などあれば
紹介して欲しい、と言ってくる場合があります。そうした患者さんに、本
をすすめると、しっかりと次回の診察までに読んできてくれます。
 その後、病状が著しく改善していくことは、言うまでもありません。

 やや話は脱線しましたが、私の「ホテル・ルワンダを見たらいいよ」と
いうアドバイスは、ある一部の患者さんに対しては、とても有効な方法だ
と思います。

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2005年01月29日

第45号 「クローサー」紹介、「なぜ、人は死にたいと思うのか?」

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第45号●   2004年1月27日発行          
  
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 6051部
メールマガジン登録:http://www.mag2.com/m/0000136378.htm
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    【 目 次 】
■1 はじめに
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
            「クローサー」
■3 精神医学の目   「なぜ、人は死にたいと思うのか?」

─────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 はじめに
─────────────────────────────────
 
 シカゴのイメージって何でしょう?
「治安が悪い」「とっても、寒い」
 この二つではないでしょうか? 私は、そうでした。
 「治安」に関しては、別の機会にするとして、冬の寒さについてお話し
しましょう。
 
 私が、シカゴに来る前にいだいていた、シカゴのイメージは、テレビド
ラマ「ER」によるところが大きいと思います。
 「ER」は、シカゴを舞台にしています。私の職場のすぐ近くに、ロケに
使われていた、某病院の救急搬入口があります。
 「ER」の一場面。冬のある日、グリーン先生が寒そうに電車を待ってい
るワンカットだけが妙に脳裏に焼きついています。

 私は、札幌生まれで、仕事の関係で北海道内のいろいろな地区、富良野、
名寄、旭川などにも住んだことがあるので、寒さにはそこそこ耐性がある
はずです。名寄では、マイナス20度も経験しました。
 
 マイナス20度って、寒くないって知ってました?
 ただ、顔がビリビリとして痛いだけです。
 もはや、寒さとして認識されないのです。

 そんな私でも、シカゴの冬には恐怖感を持っていました。
 さて実際の、シカゴの冬はどうなのでしょう?
 
 結果から言うと、寒い日は寒いが、寒くない日は寒くないということ。
 当たり前じゃないかと思うでしょうが、そのギッャプが激しいのです。
 例えばマイナス10度の二日後にはプラス3度になっていたり。
 
 先週末、大雪が降って、1日で10センチ以上の積雪がありました。
 交通も大渋滞で、バスが1時間来なくて、バスに乗ったら良いが、普段
は30分で進む道のりに1時間20分かかりました。
 しかし、今日はプラスの3度で、道路は雪が溶け出して、ジャブジャブ
の状態になっています。
 
 シカゴの気候は極端です。
 まるで、アメリカ人の性格のようです。
 気候は性格にも影響及ぼしますから、関係があるかもしれません
が・・・。

 とりあえず、マイナス10度の日が1週間続くということはなさそうなの
で、何とかシカゴの冬は乗り切れそうに思う、この頃です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
─────────────────────────────────
┌────────┐
   クローサー     
└────────┘

「クローサー」英語オフィシャルサイト(予告編をご覧ください)
http://www.sonypictures.com/movies/closer/

 ゴールデン・グローブ賞で、ナタリー・ポートマンとクライブ・オーウ
ェンが助演女優、助演男優賞をそれぞれ受賞したのは、記憶に新しい。
 おそらく、この作品に期待している人も、かなりいるのではないだろう
か。

 この二人に加え、ジュリア・ロバーツ、ジュード・ロウという豪華な俳
優四名の共演。三角関係ではなく、四角関係が見所である。
 とはいえ、激烈な愛というものが描かれるわけではない。むしろ、淡々
としている。それぞれ、その思いのほどは激しいのかもしれないが、妙に
淡々としている。心の距離感があるというか。その距離感を埋めようと、
もっと近くに(Closer)近ずこうとするが、うまくいかない。

 愛に餓えた寂しい現代人の生態が浮き彫りになっている。
 愛し合っているのに、何か満たされない。
 あるいは、本当に愛し合っているのか? 
 肉体を求めているだけなのか? 
 いろいろなことを考えさせられる。
 
 特に大きな事件が起きるわけでもなく、ただ好きだ、嫌いだという恋愛
描写だけで、ここまで観客を引きつけるのだから、マイク・ニコルズの演
出力はたいしたものだ。

 クライブ・オーウェンの情けない医者の役が、私は個人的に共感できた。
「ナショナル・トレジャー」で「情けない役が最も似あう俳優」の座を返
上しつつあるニコラス・ケイジの跡目を継ぐのは、クライブ・オーウェン
になるかもれしない。それにしても、GG賞の受賞コメントのやる気のな
さ。
 いや、この脱力感が彼の魅力なのか?
 
 2004年、ハリウッドで最も多く主役を演じた俳優の一人は、ジュード・
ロウであろう。 「スカイ・キャプテン」「アルフィ」「アイ・ハート・
ハッカビー」そして「クローサー」。「ハッカビー」は準主役だが、これ
だけ引っ張りだこというのは凄いことだ。プライベートとでも、最近婚約
発表し勢いづいているが、演技はどの作品も、今ひとつ。
 美男子なだけで、存在感不足とでもいおうか。
 「クローサー」でも、他の3人にちょっと負けている。
 これらの映画出演を経験として、そろそろはじけて欲しいという気がす
る。

 ナタリー・ポートマンは、ストリッパーの役を演じている。
 「スター・ウォーズ」ファンの私としては、ちょっとショック。
 ただ、彼女の「スター・ウォーズ」以降の女優人生の方向転換という意
味で、「クローサー」という作品は大きな転換点となりそうだ。
 彼女のヌードシーンが撮影されたそうだが、噂どおりカットされていた。
 しかし、十分にきわどいシーンは入っている。
 彼女のアカデミー助演女優賞の可能性だが、まだ時期尚早という感はあ
るが、ユダヤ人が多いハリウッド映画人が選ぶアカデミー賞は、ユダヤ問
題をテーマにした映画や、ユダヤ人の受賞にはやや甘くなる傾向がある。
ポートマンもユダヤ人であるから、その点は有利と思われる。
 個人的には、受賞してほしいと応援している。

 ジュリア・ロバーツは、アメリカ人が選ぶ好きな俳優の第3位である。
 私は、それほど好きではないが、彼女の主演作の中では、この「クロー
サー」はかなり良い。大人の色気を漂わせる良い女という感じ。
 「オーシャンズ12」の彼女と比べると、100倍良い。

 映画紹介から、いつのまにか俳優論になってしまった。
 つまり、この映画は俳優の映画だと思う。演技対決、あるいは演技の競
演が見所。この役者陣の競演に何の魅力も感じられない人は、見ないほう
が無難。

 この映画は万人には勧めない。多分、がっかりする人も多いだろう。
 それは、今日本で流行っている純愛ブームとは、まったく逆の映画であ
るから。心の渇望は、肉体では満たされない。
 肉体関係があると、さらに渇望や不安感が強まっていく。
 そんな現代的な「愛」が、このクローサーでは描かれる。
 
 この映画が映画賞で高く評価されている理由は、夢や理想化された偶像
の「愛」ではなく、肉体関係なしでは語れない、今日的なリアルな「愛」
を正面からしっかり描いているからだと思う。
 
お薦めする人
・この四人の俳優の誰かのファン
・今の恋人を愛しているのに、何か満たされない。そんな感覚を持ってい
る人

期待はずれになる人
・行きずりの恋など許せない、という人
・やっぱり、純愛映画が好き、という人

樺沢の評価 ★★★☆  (★5個が満点)

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■3 精神医学の目    (ネタバレなし) 
─────────────────────────────────
┌───────────────┐
  なぜ、人は死にたいと思うのか?
└───────────────┘
 
 「ホテル・ルワンダ」の紹介で、
「生きていてもしょうがないと思います」という患者さんがいたら、
「ホテル・ルワンダを見なさい」と言うかもしれない。
と書きましたが、それに関して読者の方から、意見をいただきました。

 そういうアドバイスが、本当に患者さんのためになるのか? という懐
疑のメールです。非常に示唆深い指摘だと思います。

 自殺者の心理、というのは一般の人は知りえないベールに包まれていま
す。それを経験した人と精神科医くらいしか知らないわけで、一般の人が
こうだ
ろう考える自殺者の心理と、本当のところはかなり違っていると思います。
 非常によい機会なので、「自殺」と「自殺念慮(希死念慮)を持つ人の心
理」について考えてみましょう。

 自殺というのは、日本で非常に大きな問題になっています。
 日本の自殺率は、先進国の中では第一位です。
 年間の自殺者は3万4千人で、交通事故死亡者の約四倍です。
 20〜39歳までの死因の第一位は、「自殺」です。
 ご存知でした? 

 ガン撲滅も大切ですが、自殺を減らした方がよっぽど平均寿命は延びる
はずです。しかし、交通事故ほどの対策もとられていないのが現状でしょ
う。その原因の一つが、私を含めた精神科医が現状を広く知らしめる努力
を怠っている、ということは否定できません。ですから、こうした機会に、
皆さんに「自殺」に関する詳しい知識を知って欲しいと思います。

 「自殺念慮(希死念慮)」、すなわち「死にたい」という気持ちを持つ患
者さんは、病名で言えばうつ病、統合失調症、人格障害の三つが多いでし
ょう。
 人格障害の患者さんの場合は、リストカットや薬物大量服薬といった行
動を主体とし、うつ病の「自殺念慮」とは異なるため、また別の機会に説
明します。今回は、最も多く、また誰でもかかる可能性がある、うつ病の
「自殺念慮」を中心に話します。

 うつ病とはおそろしい病気です。
 うつ病になっても、そのうち治るだろうと治療を先延ばししていると、
どんどん悪くなっていきます。
 うつ病が重症化すると、「自殺念慮」は、ほぼ必発します。
 そして、それをそのまま放置すると、実際に自殺行動を起こし、死ぬこ
ともあります。
 つまり、うつ病とは「放っておくと死ぬ病気」なのです。

 一方で、最近では非常に優れた抗うつ薬(うつ病の薬)が発売されていて、
<軽症>であれば半分以上の人は、1ヶ月以内に軽快するでしょう。つまり、
「早く病院に行って、早く治療すれば、必ず治る病気」です。つまり、早
期のうつ病発見と、早期の治療開始こそが、最善の方策です。

 うつ病の強い「自殺念慮」を持つ患者さんに対して、最も良いアドバイ
スは何か?
 それは、「きちんと休養して、抗うつ薬を飲んでください」。
 あるいは、「入院して、治療してください」ということになるでしょう。

 強い「自殺念慮」に対しては、精神療法は無意味です。
 もちろん、患者さんに薬を飲んでもらったり、入院してもらうための
<関係性>作りとしては、精神療法は意味を持つのですが、下手なアドハイ
スは全く無意味です。特に、励ましの言葉は、絶対にかけてはいけません。

 うつ病の人を励ましてはいけない。看護婦の国家試験などにもよく出る
問題で、一般人の人も聞いたことがあるかもしれません。
 でも、その理由は何でしょう。

 うつ病とは、心身ともに疲労困憊した限界状態です。
 つまり、もうこれ以上がんばれなくなった人です。
 それをイメージして欲しい。
 
 例えば、フルマラソンを走り終えた選手に、
「さあ、頑張って、あと10キロ走ろうよ」と言ったらどう思うでしょう。
 酷な話です。
 うつ病者への励ましとは、これと同じようなものです。

 あなたの周囲に、うつ病が疑われる人、「死にたい」ということをもら
している人がいたら、できるだけ早いうちに、その人を何とかして精神科
に連れて行くことが、あなたにできる最良の行動だと思います。
 早期治療を開始すれば、二週間で治る人もいますし、仕事や学校を休ま
ないで治すこともできます。
 しかし、重症化してからでは、何ヶ月も入院が必要になる場合もありま
す。どちらが、良いでしょうか?
 
 さて、「自殺念慮」の心理です。
 読者さんのメールを引用します。
  
> 患者さんに「あなたより不幸な人はいる」と諭す方法は有益なのでしょ

か?
> まず、不幸と言うのは絶対的な基準がある訳でなく、
> 当人がそれをどう感じるかで決まる事柄なので、
> 普遍的なランク付けはできないと思います。
> また、不幸のランク付けによって 自分が最下位だと思ってしまったら
> もう、絶望以外無いのではないでしょうか?

 「自殺念慮」の患者さんに共通する特徴は、「自己の無価値感」です。
 つまり、「私は生きていてもしょうがない」「生きている価値がない」
「誰からも必要とされていない」「むしろ、自分が存在することで人に迷
惑をかけている」というのが、「無価値感」です。

 つまり、自己の価値は「ゼロ」 → 生きていてもしょうがない → 
死にたい こういう心理をたどります。

 メールを下さった方は、映画を見た結果、絶望するのではないかと、危
惧されています。
 しかし、それは逆です。
 「自殺念慮」の患者さんの自己評価は「ゼロ」ですから、それ以下に下
がることはあれません。
 患者さんの気分は、すでに「最悪」であって、すでに「絶望」している
わけです。

 「自殺念慮」の患者さんの気持ちをイメージしてみましょう。
 
 「私は無価値」「私は無価値」「私は無価値」「私は無価値」
 「苦しい」「苦しい」「苦しい」「苦しい」「苦しい」「苦しい」
 「死にたい」「死にたい」「死にたい」「死にたい」「死にたい」
 
 こんな、ネガティブな感情と言葉が、頭と心の中を占拠しています。
 それ以外のことは全く考えられない。
 それが、うつ病者の心理です。

 そんな状態ですから、何を言っても通じないのです。
 むしろ下手な慰めは、逆効果です。

 ですから、うつ病の自殺念慮の患者さんに、「『ホテル・ルワンダ』を
見なさい」とは、決して言ってはいけません。
 私がこの言葉を言うとすれば、それは統合失調症か、人格障害の自殺念
慮の患者さんになるでしょう。    (次号に続く)

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第44号「コーチ・カーター」紹介、「席位置の心理学」

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第44号●   2004年1月24日発行          
  
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 5781部
メールマガジン登録:http://www.mag2.com/m/0000136378.htm
   
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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    【 目 次 】
■1 はじめに 
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
      「コーチ・カーター」
■3 精神医学の目  「スパイダーマン2」 席位置の心理学的意味
■4 読者の凄い解読  (ネタバレ)  「A.I.」

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■1 はじめに
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 このたび、5000部突破を記念し、またメルマガ大賞に投票してくださっ
た皆様への感謝の意味も込めまして
『「ポーラー・エクスプレス」に学ぶ 幸せになる12の方法』という、
ミニブック(PDFファイル、20ページ)を書いてみました。
 メルマガで既に紹介しました、「ポーラー」の分析、批評とは、大きく
異なります。
「ポーラー」の批評を精読されている方も、新たに楽しめるでしょう。
 また、「ポーラー」を見ていない、見逃したという方にも、分かりやす
く書かれています。ストーリーについて、詳しくふれてていますので、ネ
タバレは絶対に嫌だ、という方はダウンロードだけして、後日お読み下さ
い。

 ミニブックは、以下のページから、ダウンロードしてください。
http://XXXXXXXXXXXXXXXXXXX

 感想をお待ちしています。

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■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
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┌─────────┐
  コーチ・カーター        1月14日アメリカ公開
└─────────┘

「コーチ・カーター」英語オフィシャル・サイト(予告編をご覧ください)
http://www.coachcartermovie.com/index2.html

 サミュエル・L・ジャクソンが母校のバスケットボール・チームのコー
チとなり、ダメチームを建て直していくという話。彼は教師ではなく、バ
スケ・コーチであるが、いわゆる熱血教師モノと言っていいだろう。
 特に、メリル・ストリープがヴァイオリン講師を演じた「ミュージッ
ク・オブ・ハート」と似ている。その学校のある地区が、あまり治安が良
くなく、貧しい家庭が多いといった背景などが共通するせいだろう。
 
 「コーチ・カーター」は、実在のバスケコーチ、ケン・カーターの体験
談であるから、「ミュージック・オブ・ハート」を真似たわけではない。
典型的な熱血教師ものということで、見なくても映画の筋が、だいたいは
推測できるという欠点はあるが、演出はなかなかうまい。
 3回泣かされた。わかっていても、「パターンだなあ」と思いながらも、
ついつい泣いてしまう。

 この映画の中に、良いセリフがあった。。
「私は(バスケに)勝つためにやっているのではない。
  子供たちの教育のためにやっているのだ」
 
 当然といえば、当然のことなのだが、スポーツでも、勉強でも何でも、
世の中、本末転倒になりがちである。
 例えば、優勝だけをめざすスポーツ。
 単なる受験だけのための勉強。

 スポーツや勉強を通して、子供たちの可能性を伸ばす。
 子供たちの個性や良さを引き出すことが大切ではないのか?
 この映画を観て、そんなことに改めて気付かされた。

 貧しい家庭の子供が、大学進学することの難しさ。
 犯罪や貧困地区での、教育の深刻さ。
 そうした、アメリカの教育問題の一面も、描き出されているのは興味深
い。

 人物描写は、カーターとその息子、そして二人の選手に絞ってじっくり
と描かれる。それは、それで成功している。人物の掘り下げが出来ている。
 しかし、欲を言えば、他の選手たちも、もう少しだけ描いて欲しかった
気はする。
 
 実話なのでしょうがないが、映画としてみた場合、サプライズに乏しい。
 でも、感動するし、心温まる、良いドラマである。

 それにしても、アメリカ人はバスケ好きだ。
 点が入るたびに拍手して、実際のバスケの試合を見ているかのように応
援している人がいたのには、驚いた。
 
 お薦めする人
・感動する映画を見たい人
・「教育」に興味のある人

 お薦めしない人
・凝ったストーリーの映画が好きな人

樺沢の評価 ★★★☆  (★5個が満点)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 精神医学の目
─────────────────────────────────
┌──────────┐
  スパイダーマン2        席位置の心理学的意味
└──────────┘
 
 「スパイダーマン2」のDVDも発売されたことだし、「スパイダーマ
ン2」のネタを、今後何回かお送りしたい。

 雲の糸を発射できず、壁にも上れずスパイダーマンの能力を失ったピー
ター。
 目がぼけて焦点が合わないという明らかな身体症状まで現れた。
 さすがに、病院に行って診察を受けるピーター。
 担当医は、検査結果について説明する。身体的な異常はない。
 その時、ピーターと正面から話していた担当医は、ピーターの真横に座
りなおす。そして、ちょっと気さくな態度になって、話し始める。
 精神的にまいっているのではないかと。
 「自分がスパイダーマンである」という秘密を誰にも話せず、そのこと
でストレスを溜ていた。
 ピーターは、夢の話という仮定ではあるが、スパイダーマンの話を、担
当医に打ち明けるのだ。

 さて、このシーン。精神医学的に見ると、非常に興味深い。この担当医
は、精神科の専門医ではない。
 いわゆる、「かかりつけ医」というやつで、病気があるのかないのか、
どんな病気があるのかを診断し、重たい病気があるのなら専門医を紹介す
る。
 そうした、役割を担う医師だ。
 日本には、「かかりつけ医」は一般的ではないが、アメリカではまず
「かかりつけ医」にかかり、その後専門医にかかるのが筋である。

 この担当医は、ジェネラリスト(内科、外科、精神科などを幅広く診ら
れる医者)なのだろう。しかし、精神医学的素養が非常にあるのに驚かさ
れる。
「医者のくせに、横に座って話すとは、なれなれしい」と思う人もいるか
もしれない。しかし、正面で話すか、横に座って180度の位置で話すのか
は、非常に大きな違いがある。
 
 正面というのは、改まったことを、きちんと話す位置である。多少の緊
張感を伴う。180度の位置というのは、ゆったりとした雰囲気で、ザック
バランに話せる位置なのである。

 日常的な場面を思い描こう。あなたが思いを寄せる彼女(彼)に告白しよ
うと思う。しかし、なかなか緊張して告白できない。さて、フランス料理
店で真正面に座って告白するのが良いか、それともカクテル・バーで隣に
座って、横180度から告白するのが良いのか?
 明らかに、横180度から告白した方が、緊張感は少なく、さりげない雰
囲気が演出できる。

 今度は、「結婚してください」と告げる場合を想定しよう。
 人生を揺るがす大きな決断。横180度から言うこともできるが、正面の
位置から、正々堂々とズハリ伝えた方が、誠意が通じる。
 正面というのは、きちんとしたことをきちんと話し合う位置であるから、
酔っ払って酒の力を借りて180度の位置から伝えるのとでは、全く意味が
異なってくる。
 正面から伝えることは、「私はあなたのことを真剣に考えていますよ」
というサインにもなる。

 例えば、上司に悩みごとを相談する場合。居酒屋で正面に座って話すの
と、オデン屋で横180度の位置で相談するのとでは、どちらが話やすいだ
ろうか? 
横180度である。

 別な場面。あなたが、今の会社を辞めたいと上司に相談するとき。この
時は、正面に座った方がよい。
 あなたの「辞めたい」という真剣な気持ちがストレートに伝わる。
 もし、オデン屋で横180度の位置で相談したとしても、それは真剣な覚
悟には受け止められない。
 「大変なことは誰にでもあるもんだ。まあ、一杯やろう」と、煙にまか
れてしまうだろう。

 このように、席の位置によって相手の気持ちを和らげることができるし、
伝えたい内容によって席位置を考慮することは、恋愛や仕事にも応用でき
るはずだ。

 さて、精神医学の実際場面。緊張感の強い患者さんや、話すのが苦手な
患者さんも多い。診察室で患者と二人っきり。そして真正面に向かっては、
思っていることを素直に話すのは難しいだろう。
 入院患者さんの場合は、外のベンチで横に並んで話すと、心を打ち明け
て気さくに話してくれることもある。
 あるいは、入院のベッドに並んで腰かけて話すこともよくある。
「横180度の位置」というのは緊張感を解きほぐすことができるのだ。

 映画に戻ろう。担当医は、精神的に疲れているとピーターに言おうとす
る。少し話しずらい内容について語らなければならない。
「お前は、精神的に異常だ」と言われるのは誰でもショックなこと。
 それを、「横180度の位置」から伝えることで、そのショックを和らげ
ることに成功している。

 実は・・・と、スパイダーマンのことを打ち明けてしまうピーター。
 もし、正面の位置で話し続けていたら、ピーターは今まで誰にも話した
ことのなかった重大な秘密をこの担当医に話すことはなかっただろう。
 ピーターは、心を許せると感じたからこそ、この重大な秘密を言葉に出
すことができたのだ。 

 (この原稿は「シカゴ発 映画の精神医学」パイロット版として、ホー
ムーページに掲載していたものを加筆修正したものです)

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■4 読者の凄い解読  (ネタバレ)
─────────────────────────────────
┌────────┐
   A.I.            投稿者 ガタカタさん
└────────┘

 先日『A.I.』を観て、何を思い出したのかといえば、スフィンクス
の問いです。あの有名な「朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足、とは
何?」ってヤツ。この質問の答えが、クローンが一日しか生きられない設
定の元ネタだろうと自分では確信している。
なぜなら、その答えについて、この映画が描こうとしているから。

正確には、『A.I.』から、受け取ったのは、外身と中身、【意思】
というか心について、だった。すなわち、それは人間と構造までそっくり
のロボットと人間とは、何が違うのだろうか? という問いに言い換えら
れる。

 人間そっくりのロボットとは、この映画の主役、愛情を持つロボット、
デビッドである。彼はピノキオのように人間になれるだろうかで、この問
いに答えようと物語りは進む。

 だが、デビッドは最新型ではあったが、特別ではなかった。
 ホビー博士の実験は、会社としてはトッププロジェクトだろうが、個人
的な実験ではない。産児制限された世界で、子供を作れない人間のために、
人間そっくりのロボットを供給できないか、というプロジェクトだったよ
うだ。(最初の会議内容)
それは、博士にとっては、人間の子供(失われた自分の息子)を製造す
るという大それた試みだった。ホビー博士はロボットを人間そっくりに、
しかも愛情機能までも、もたせて製造することを可能にしたが、造られた
それは、まだ人間ではなかった。
 それは、【意思】をもっていなかったのだ。
 そのために、博士は【意思】をもたせるために、いくつものデビッドを
あらゆる家庭に送り込んだに違いない。(そして、この実験の成功で発売
する予定であったことは、パッケージされた商品版のデビッドがあること
で示される)
 この選択する【意思】についての挿話を、テディにデビッドとマーティ
ンを

選ばせるシーン、ジャンク・ショーで司会者を攻撃する人間、人間の命令
に背くデビッドなどで何度も語る。最たるのは、メカは入れないマンハッ
タンに入るデビッド、デビッドを壊すデビッド、 入水するデビッド、人
間になることを選ぶデビッドのシーンであろう。

 ホビー博士は、いくつものデビッドを送り込んだ。
 だが、帰って来たのは、ただ一台(ハーレイ=デビッド)だけだった。
 そして、ハーレイ・デビットが、デビッドを壊した時、ホビー博士は、
デビッドを人間になった、と喜ぶ。(ロボット三原則を破るロボットはロ
ボットではない、というSF的ユーモアも受け取れる)
 デビッドは、最後のシーンで謎の生命体に人間にしてもらったのではな
く、ただ、外身が違うだけで中身はすでに人間だったのだ。
 なぜなら、謎の生命体がデビッドを特別と言い、求めたのは、彼の、本
物の人間の記憶だった。
 謎の生命体も人間とは何かを知らないのに、ロボットを人間には出来な
い。形はそっくりにすることは出来ても、中身を人間に出来ないのだ。逆
に言えば、ジャンク・ショーでロボットを言われるがままに壊す人間たち
は人間であってもロボットと変わりないものなのかもしれない。キューブ
リック一流の皮肉は、愛情を示すのは機械にも出来るが、殺人は人間にし
かできないという描写だろう。(ホビー博士は他のデビッドを壊すハーレ
イ・デビッドを人間だという)

 なにしろ、主人公が3度も自殺する映画はなかなかない。
 もちろん、体はロボットなので、なかなか死ねないのだが。
(?ほうれん草を食う。?会社前で自分を嘆いて、入水。?最後、母を看取
って死亡)

 人間と人間そっくりロボットを隔てるのは、【意思】、中身、すなわち
心であろう。精神ともいえるかもしれない。
 人間そっくりの構造や見た目やしぐさがこの映画にはあふれている。
 本物という言葉が何度もセリフにも出てくる。
(わざわざ月そっくりの気球まで出てくる)
 だが、心がないソレはただのニセモノ、外身に過ぎないのだ。
 この映画はこの外身に対する中身を映像にして、執拗に見せる。
 心を映像化しようと試みる。(OPの女性ロボットの顔、ほうれん草で
壊れたデビッドの内部、ジャンク・ショーの透視装置など。最たるのは、
デビッドの顔だけがあり、それをハーレイ・デビッドが顔を当てるシーン
とブルー・フェアリーの像が壊れて、中身が空っぽであることを示すシー
ン)見かけは真似られる。(ロボットが危険を避ける機能に顕著)
 だが、心は真似られないのだ。
 だから、心の動きである夢をロボットは見ないし、意思のないロボット
は夢を抱かないのだ。
 ラストカットを思い出して欲しい。カメラは二人のベッドから離れ、窓
から出て、遠ざかっていく。二つの窓から、ベッドで眠る二人が見える。
その二つの窓はまるで目のようだ。
 そう、デビッド自身が心そのもののようにさえ見えるのだ。

 この映画は、ジゴロ・ジョーがドクター・ノーに会った後に言うセリフ
に要約されていると思う。
 「人間は存在しないものを信じる」だ。
 人間は存在しないものを信じる。
 しかし、信じることで存在させてしまうのだ。
 人間になったデビッドはブルーフェアリーを存在させてしまう。
 だが、真のブルー・フェアリーは、自分と同じロボットの進化した姿だ
った。
 謎の生命体が彼らがロボットであることは明白である。
 彼らの姿が、最初の会社のシンボルマーク、デビッド登場シーンのガラ
ス越しの映像に酷似している事、電話のシーンで、デビッドが受話器から
相手の声を口から出すシーンと彼らがデビッドの記憶読むシーンの酷似、
なにより、生きる意志を求めて、デビッドを発掘した点だ。生き物なら生
きる意味は問うても、生きる意思については求めないはずだからだ。
(ただ、皮肉にも彼らは生きる意思を探すという意思をを持って生きてい
るように見える)

 もしかしたら、現実でも人間は存在しないあるものを信じているのかも
しれない。
 その存在しないものの一つには、心(他人の心。自我に対して他我か)
も入るのかもしれない。だが、この映画では、そのないかもしれない存在
を信じて、存在させることに成功させている。何を持って成功かは、観た
人それぞれによって違うだろうが、確実に一つ成功させていることがある。
 それは、この映画はキューブリックが自分で撮るのを止め、スピルバー
グに撮らせた映画であるということ。
 キューブリックの心をスピルバーグが受け取った結果、この映画は出来
たのだ。
 キューブリックは自分の心を確かにスピルバーグに渡したのだ。(斜め
に見れば、キューブリック版を見たかったと観客にも残している)
 理性的な映像で、叙事の映画を描き続けたキューブリックが、トラック
を生
物にまで見せてしまう叙情の映画を作り続けるスピルバーグに描いて欲し
い、と願った映画とも言えるだろう。
 この壮大なる仕掛け。これぞ、キューブリック最後の映画にふさわしい
とは言えまいか。

 もしや、『A.I.』 は【Another(他).I(自)】の頭文
字だったのではないだろうか?

※一応、最初のスフィンクスの問いの答えは【人間】です。


この解読がおもしろいと思った人は、ガタカタさんのサイトをのぞいて
みましょう。
 こちら↓↓
http://www.faith-pictures.com/HSHINUMA-INDEX.htm


[樺沢コメント]
 ガタカタさんは、三度目の掲載です。いつもありがとうございます。
 『A.I.』は、スピルバーグ作品の中では、一般にはあまり評価が高
くありません。 私は、大変好きな作品なのですが。

 『A.I.』は、一つの描写でも、いろいろな解釈ができます。
 おそろく、企画を進めていたキューブリックと、それをバトンタッチし
たスピルバーグの解釈の違いもあるでしょう。また、スピルバーグが確信
犯的に多重解釈可能なように描いているようにも思えます。
 とにかく考えさせられる作品です。
 未見の方は、是非みて欲しい一本です。
 
 『A.I.』 DVD たったの1575円 http://tinyurl.com/6k8ad

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posted by 樺沢紫苑 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(1) | バックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第43号 「オペラ座の怪人」紹介、「アカデミー賞とGG賞の心理学的関係」

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第43号●   2004年1月20日発行         
 
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 5620部
メールマガジン登録:http://www.mag2.com/m/0000136378.htm

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    【 目 次 】
■1 はじめに
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
      「オペラ座の怪人」
■3 特別企画 「ゴールデン・グローブ賞」鑑賞記  (ネタバレなし)
■4 精神医学の目  「アカデミー賞とGG賞の心理学的関係」

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■1 はじめに
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 いやあ、寒いです。
 いよいよ寒くなっています。シカゴは。
 今、外は、マイナス10度超えているでしょう。
 窓を閉めているのに、窓から冷風がどんどんきます。
 これだけ寒いと、外にも出たくないです。

 先日、マイナス15度より下がった日がありました。
 テレビのニュースでは、「dangerous cold (危険な寒さ)」と報じられ
ていました。それを聞いて少し安心しました。
 なぜなら、このくらいの寒さで「危険な寒さ」としてニュースになるく
らいですから、この寒さが1ヶ月続くということではなさそうです。

 皆さんも風邪には気をつけて、これからの寒い時期を乗り切ってくださ
い。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
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┌──────────┐
  オペラ座の怪人     1月29日 日本公開         
└──────────┘

「オペラ座の怪人」日本オフィシャルサイト
http://www.opera-movie.jp/ 

 以前、「はじめに」で私の初めてのオペラ鑑賞の話をした。
 経験というものは、どこでどう役に立つかわからない。
 この「オペラ座の怪人」という映画は、オペラファンにはたまらない映
画である。もちろん、オペラを見たことのない人でも十分に楽しめるのだ
が、オペラの舞台裏紹介的なところや、劇中でのオペラのシーンなど、た
まらないものがあるだろう。
 オペラの知識が少しでもあると、おもしろさが倍化する。

 私がオペラを見に行ったとき、「オペラグラスとは良く言ったものだ」
と思った。
 オペラを見るのに、オペラグラスは必須である。
 オペラの前の方の特等席は、高額の寄付者によって占拠されているので、
私のような一市民は前の方で見ることは決してできない。
 したがって、必然的に後ろの方に座ることになるのだが、オペラグラス
がないと、歌手の表情が全く見られないのだ。

 しかし、この「オペラ座の怪人」を見て、まず思った。
 オペラグラスがいらない。何て、すばらしいんだ。
 すなわち、決して最前列で見ることはできない絢爛豪華なオペラを、こ
の映画では最前列で見ることできる、ということ。

 舞台ミュージカルである「オペラ座の怪人」を、映画にすることにどん
なに意味があるのか? 同じミュージカルの映画化である「シカゴ」には、
私は正直がっかりした。舞台と同じことをやるのなら、映画にする必要な
どないのだ。
 だが、この「オペラ座の怪人」は凄い。映画でなくては出来ないこと。
 それが、次々と繰り広げられていく。

 例えば、クローズアップ、俯瞰カット(上から眺めるような視点)。カメ
ラ移動、白黒からカラーへ、など絶対に舞台劇では不可能な映像の見せ方
を、これでもか、これでもか、と繰りひろげる。
 映画にした意味。目的というのが、ハッキリと誰にもわかるはずだ。
 
 主演のクリスティーナ役のエミー・ロッサム。その表情の豊かさは、ク
ローズアップという手法をさらに魅力的なものにする。個人的には、クリ
スティーナの友人メグ役のジェニファー・エリソンが、チャーミングで気
に入った。

 改めて思う。アンドリュー・ロイド=ウェーバーは天才だ。
 予告編では、「現代のモーツァルト」というキャッチ・コピーで紹介さ
れているが、その名に負けないものがある。言うまでもないが、音楽が素
晴らしい。
劇場を出たら、ついついメインのフレーズを口ずさんでしまう。
 フルオーケストラの演奏も、音の広がりがあって素晴らしい。さらに、
音楽のみならず、踊りも、バレエも。舞台や豪華な装飾、衣装も。全部素
晴らしい。
 
 特に、「マスカレード」を全員で歌い踊る仮面舞踏会のシーンは傑作だ。
 単に、音楽や踊りというだけでなく、映画的な手法において。
 現実であり、ミュージカル世界であり、それでいてまるでオペラの舞台
を演じているかのような。この映画では、劇中劇と現実が行き来する部分
がおもしろいのだが、この仮面舞踏会のシーンは、劇中劇と現実が渾然一
体となり、映画だけの世界を作り上げる。その不思議さ。
 まるで、「ネバーランド」のクライマックスのあのシーンのよう
な・・・。

 これだけ誉めておいて、評価が★★★☆とは、どういうことだ、と突っ
込まれそうだ。限りなく★★★★に近いのだが、テーマ性の部分に多少の
物足りなさを感じた。
 天才的な音楽の才能を持ちながらも自分の容姿への劣等感をいだくファ
ントム。差別や偏見。そして、それがはぐくんだ「悪」。なかなか良い
テーマが扱われているのだが、もう少し深く切り込んでほしいなあという
のが、個人的な希望。

 まあ、ラブストーリーがメインなので、しょうがない気はする。恋の行
方。三角関係がどうなるのか、という部分を楽しまないと。細かいことは
抜きにして、音楽とラブストーリーをエンジョイできれば、★★★★以上
の価値はある。

樺沢の評価 ★★★☆  (★5個が満点)

 お薦めする人
・オペラ・ファン、ミュージカル・ファン、音楽ファン
・純然たるラブストーリーが好きな人

 お薦めしない人
・コンサート、ミュージカル、オペラなど、劇場に足を運んで音楽を体験
した
ことのない人。あるいはそれらが嫌いな人
・いろいろ考えながら映画を見るタイプの人

映画を二度楽しむために・・・

映画を見ると絶対ほしくなる。
「オペラ座の怪人」サウンドトラック http://tinyurl.com/6y2fy

 ガストン・ルルーの原作。ミュージカルとは若干異なりますが、ミュー
ジカルでは描ききれない深い描写が楽しめます。
小説「オペラ座の怪人」 http://tinyurl.com/3ocwz

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■3 特別企画 「ゴールデン・グローブ賞」鑑賞記  (ネタバレなし)
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 実は1月16日、前回のメルマガの最終直しの最中に、ゴールデン・グ
ローブ賞の中継が始まってしまい、すっかり見入ってしまいました。
 とんでもなく、おもしろかったです。「生中継」で見るとは、こんなに
楽しいものか、と再確認。これを見ると、ゴールデン・グローブ賞の雰囲
気とか、その存在価値とかが全てわかってしまいます。
 そんなことよりも、まず感動です。

 監督賞をクリント・イーストウッド(「ミリオンダラー・ベイビー」)が
受賞した瞬間。主演のヒラリー・スワンクは涙ボロボロ流して大喜び。助
演のモーガン・フリーマンも目に涙を浮かべていました。ついそれを見て、
私ももらい泣きです。
 イーストウッドに監督賞をとってもらいたかったのは、私だけではなか
ったようです。会場全体が、彼の監督賞を心から喜んでいた様子。タラン
ティーノ監督も喜んでいるアップが入ったりして。
 イーストウッドは映画ファンだけではなく、ハリウッドの映画人からも
愛され尊敬されていたんだ、というのがとてもよく伝わりました。
 イーストウッドは泣いてませんでしたけど、感無量で言葉少なげでした。

 そして、主演女優賞はなんとヒラリー・スワンクが受賞。また、こちら
は対称的に、イーストウッドが目に涙を浮かべていましたが、スワンク自
身は大変喜んでいたものの、涙を流さずにしっかりとスピーチをしている
という。
 自分が賞をとるよりも、同じ映画の他の人の受賞を心から喜べるという。
 それは、それは素晴らしいことに思えました。
「ミリオンダラー・ベイビー」は、イーストウッドとスワンクの、ボクシ
ング・トレーナーと選手の心の交流の物語ですが、二人の関係性が現実の
中でも信頼と思いやりに結ばれていたんだという。それを実感させる一
シーンでした。ほんと、感動的。

 他の部門の受賞もおおむね妥当な線だと思いました。
 意外だったのは、「アビエイター」の作品賞、脚本賞受賞と、ディカプ
リオの主演男優賞でしょう。他の批評家賞では「アビエイター」はあまり
ふるいませんでしたから。ディカプリオも受賞した時は、マジで驚いてい
たみたいで、第一声が「信じられない」でした。

 ゴールデン・グローブ賞の特徴の一つは、「ドラマ部門」と「コメデ
ィ・ミュージカル部門」にそれぞれ賞が与えられること。つまり、アカデ
ミー賞などと比べるとチャンスが二倍あるわけです。
 だから、アカデミー賞と比べると雰囲気が和やかです。テーブルには、
シャンペンやワインもおかれていて、お酒を飲んでいる人も多いみたいで
すし。
 
 「コメディ・ミュージカル部門」では、「サイドウェイズ」が作品賞。
「クローサー」が、ナタリー・ポートマンとクライブ・オーエンが助演女
優、助演男優を受賞。ポートマンは、予想してなかったようで凄く喜んで
いました。
 トロフィーの持ち方に注目。両手でしっかりと持って、無邪気な子供の
ような喜
びです。こちらまで楽しくなってきます。作り笑顔ではない、彼女の素の
笑顔を見られました。
 一方、オーエンは愛想のないスピーチをしていましたが、このぶっきら
ぼうさが、彼の魅力なんでしょうか? 私には、わかりませんが。

 その後、メリル・ストリープがプレゼンターとして出てきました。彼女
は、助演女優賞を逃したのです。
 彼女の第一声が、「おめでとう、ナタリー」
 ナタリー・ポートマンが受賞したせいで自分が、賞をとれなかった。
 もちろん、ジョークなんでしょうが、半分「本気」入ってました。
 「まだまだ若造のクセに」って感じもするし。ほんと、怖かったです。
 まあ、これはストリープの一流の演技なのか、素の彼女なのか。
 判断に迷うところです。

 このように、見所たっぷりのゴールデン・グローブ賞の模様は、日本で
は2月5日、19:30-22:00、NHKBS2で放送予定ですので、是非ご覧
ください。

ゴールデン・グローブ賞の詳しい結果
http://www.dondetch.com/movie/golden.html

ゴールデン・グローブ賞オフィシャル・サイト(英語)
http://www.hfpa.org/  「More」をクリックし、さらに「Video」をク
リックすると、各受賞者のインタビューが見れます。

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■4 精神医学の目  (ネタバレなし)
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  アカデミー賞とGG賞の心理学的関係              
└──────────────────┘

 GG賞は、アカデミー賞の前哨戦と言われ、GG賞の受賞結果がアカデ
ミー賞に大きな影響を及ぼすと言われている。
 
 例えば、以下のような記事がある。

 [ビバリーヒルズ(カリフォルニア州) 17日 ロイター] アカデ
ミー賞の前哨戦とされるゴールデングローブ賞で16日、 映画「アビエ
イター」、「サイドウェイズ」、「Million Dollar Baby」が、各賞を受
賞 したことで、3作品のいずれかがアカデミー賞作品賞を受賞する可能
性が高くなった。 また、アカデミー賞監督賞は、「アビエイター」の
マーティン・スコセッシ監督と、今回ゴールデングローブ賞で監督賞をさ
らった「Million Dollar Baby」のクリント・イーストウッド監督との争
いになると思われる。アカデミー賞候補は25日に発表される予定。 
(ロイター)
 
 GG賞を受賞できなかった作品は、アカデミー賞は無理。
 そんな論理で書かれている。

 GG賞はハリウッド外国人映画記者協会に所属する会員約90名の投票に
よって決められる。そして、アカデミー賞は約五千人のアカデミー会員
(映画人)の投票で決まる。投票者は全く異なるというのに、どうしてだろ
うか? この疑問を日本にいたときからずっと抱いていたが、GG賞の授
賞式の生中
継を見て全て解決した。

 GG賞は、1月16日に行なわれた。
 アカデミー賞は、1月25日にノミネーションの発表。そして、本投票
開始が2月2日からで、締め切りは2月22日。授賞式は2月27日であ
る。つまり、GG賞の少し後に、アカデミー賞の投票が開始される。
 
 GG賞の授賞式会場には、たくさんの映画関係者が招待されていた。
 アカデミー会員とは、ハリウッド映画界に貢献した者が会員資格を得ら
れる。実際には、映画会社の関係者とアカデミー受賞者である。
 
 つまり、GG賞の授賞式会場には、少なくとも数百人のアカデミー会員
が招待されて、現場で授賞式を見ていたわけだ。また、ここにいない人で
も、テレビの生中継を見ているアカデミー会員もたくさんいるだろう。

 GG賞の受賞は、スピーチしたり、涙を流したり、自分の映画について
コメントしたりと、多くのアピールのチャンスが与えられる。そして、少
なくない数のアカデミー会員が、それを見ているのである。
 これほど良いアピールはないだろう。

 もう一つ重要なのは、アカデミー賞ノミネート作品の多くは、去年の秋
頃に公開された映画である。
 試写会で見ている映画人は、さらに数ヶ月前に見ている。
 つまり、アカデミー賞の投票時(2月)には、約半年前に見た、記憶がお
ぼろげな映画の投票をしなくてはいけないということだ。

 さて、話は変わる。 
 あなたは去年の1月20日は、どこで何をしていたたせろうか?
 こんな質問をされても、ほとんどの人は覚えていないはず。
 
 では、去年の1月1日は、どこで何をしていたか?
 ほとんどの人は覚えているはず。

 心理学的には、「強い感情刺激ほど強く記憶に残る」と言われている。
 つまり、家族と楽しく過ごしたり、おいしいオセチ料理を食べたりした
から。「楽しい」「おいしい」という、強い感情刺激があるので、よく覚
えているのだ。

 逆もある。例えば、小児期に親から虐待を受けたとする。
 それが、トラウマとして心の傷として残ってしまう。なかなか治療も難
しい。それは、「つらい」「嫌だ」「痛い」といった、強烈なネガティブ
な感情によって、記憶が強化されてしまっているためである。
 
 平凡な出来事は、人間はどんどん忘れるようにできている。脳がパンク
しないように。感情刺激の伴う印象深い出来事は、「大切な記憶である」
という標識がつけられて、しっかり記憶するようになっている。

 さて、GG賞の授賞式。
 クリントイースト・ウッドとヒラリー・スワンクの受賞。
 彼らの心からの信頼が伝わり、見ていて感動させられた。
 強烈な感情刺激である。

 これによって、まず「ミリオンダラー・ベイビー」の感動がよみがえる。
 そして、クリントイーストとスワンクの授賞式での感動シーンは、脳内
では「ミリオンダラー・ベイビー」のファイルと一緒に、そして「感動」
というブックマーク(しおり、目印)をつけて、再格納される。
 わかりやすく言えば、「印象が強まる」ということだが、心理学的には
「強い感情刺激とともに、強固に再記憶される」ということになるだろう。

 一方、「ホテル・ルワンダ」もとても良い映画だ。ドン・チードルにも
主演男優賞頑張って欲しい、と個人的には思うが、GG賞での「ホテル・
ルワンダ」のアピールの機会は、ゼロだった。
 
 「ミリオンダラー・ベイビー」と「ホテル・ルワンダ」、もともとは脳
内で「10点」のおもしろさで記憶されていたとする。
 GG賞では、「ミリオンダラー・ベイビー」は、増幅されて「15点」に
なって再記憶される。「ホテル・ルワンダ」は「10点」のままである。
 さあ、投票は2週間後。どちらが有利だろうか。
 
 GG賞は、アカデミー賞の前哨戦である。
 その理由が、よくわかったはずだ。

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第42号 「キンゼイ」紹介、「認知症に気付くとき」

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第42号●   2004年1月17日発行          
  
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 5471部
メールマガジン登録:http://www.mag2.com/m/0000136378.htm
   
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    【 目 次 】
■1 はじめに 
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
      「キンゼイ」
■3 精神医学の目   「認知症に気付くとき」 

─────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 はじめに
─────────────────────────────────

 さて、「日本で一番早い!! アメリカ最新映画紹介」は、好評を得てお
りますが、あまりにも早すぎる。日本には、その映画の情報が全く入って
きていないので、全くイメージができない。だから読んでもつまらない、
という人もいるでしょう。

 何か、皆さんにわかりやすくイメージしていただく方法はないか、と考
えました。先日、「エレクトラ」を見に行った時、トレーラー(予告編)を
見ていて気がつきました。
 トレーラーを見てもらえば、一番早いじゃないか・・・と。
 
 前にも同じように考えたことがあったのですが、「日本のオフィシャ
ル・サイトも、まだオープンしていないし」ということで却下してしまい
ました。
 でも、アメリカのオフィシャル・サイトをご紹介すれば良いという。

 今後はオフィシャル・サイトのアドレスを併記するようにしますので、
紹介を読む前、読んだ後に見ていただけると、より「映画紹介」がお楽し
みいただけると思います。

 同じ予告編でも、アメリカ版と日本版は、たいてい違います。アメリカ
の予告編は、雰囲気、イメージ優先。本当の名場面は使わない。
 日本の予告編はストーリー、あらすじがわかるような構成で、名場面集
的に良い映像をどんどん使う。こうした、比較もおもしろいです。
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
─────────────────────────────────
┌─────────┐
   キンゼイ       2004年11月12日アメリカ公開      
└─────────┘

オフィシャル・サイト
http://www2.foxsearchlight.com/kinsey/site/
 トレーラーは「Video」のコーナー「Final Tailer」をご覧ください。

 キンゼイ・レポートって知っていますか?
 知ってるとしたら、歳がばれます。
 多分、知らない人の方が多いでしょう。特に、若い人は。
 
 1948年、キンゼイ博士が数千人のアメリカ人にセックス・ライフについ
てのインタビューをし、それまとめた性白書がキンゼイ・レポート。
 まだアメリカが保守的だった頃。性について語るのが、タブー視されて
いた時代の話。

 キンゼイ博士を演じるのが、リーアム・ニーソン。
 「エクソシスト・ビギニング」のメリン神父役を当初リーアム・ニーソ
ンという話があったが、ニーソンは「エクソシスト」を断ってこの「キン
ゼイ」に出演した。
 「エクソシスト・ビギニング」を見た時は、『「キンゼイ」みたいなヘ
ンな映画に出なくて良いから、メリン神父やってくれよ』と思ったが、こ
の映画を見ると、『「エクソシスト」にでなく本当に良かったね』と言い
たくなる。

 リーアム・ニーソンは、アカデミー主演男優賞の有力候補となるだろう。
 ニーソンの演技がうますぎる。どのくらいうまいかというと、目をつぶ
っていても、彼の感情が全て伝わってくるくらい。
 それでは、演技が見られないのだが、声だけで十分すぎるくらいに、い
ろいなものが伝わってくる。
 
 音響研究所の鈴木松美氏に分析してもらうまでもなく、ニーソンの声に
は明らかに「1/fゆらぎ」成分が含まれている。
 「1/fゆらぎ」とは、規則性と不規則性の中間の微妙なゆらぎで、人
をリラックさせ、心地よくさせる効果がある。
 小川のせせらぎ、小鳥の声、波の音などに含まれるという。人の声とし
ては、ジョン・レノンの歌、ジョン・F・ケネディやヒトラーの演説に
「1/fゆらぎ」が含まれるという。

 ニーソンの言葉。それが、とんでもなく心に響く。そして、心地よい。
 目をつぶって、その声に酔いしれていたいほどだが、そうするとストー
リーについていけなくなる。
 「シンドラーのリスト」や「スター・ウォーズ エピソード1」のニー
ソンも私は好きだが、今までの彼の作品よりも一段高いレベルに登ったと
いう感じだ。どえらい境地に到達してしまったなあ、という。
 映画の題材的は、一見キワモノっぽいのだが、ニーソンのおかげで芸術
映画の域に到達している。
 
 また、キンゼイ博士の妻クララを演じるローラ・リニーも、良いのだ。
 夫の奇妙な研究を、不満も漏らさず支え続ける妻を見事に演じる。

 この映画、セックスを学問の対象にしたキンゼイ博士を、奇人として描
いているわけではない。
 生物学者であった彼が、なぜ「セックス」の学術的研究を始めたのか。
 その動機の描写が、前半の見所。彼の深層心理にまで踏み込んでいく、
その深い描写には驚かされる。
 
 後半は、キンゼイ博士の栄光と挫折。「アビエイター」みたいなものだ。
 アメリカン・ドリームとはいうが、「アビエイター」のハワード・ヒ
ューズもそうだし、富や名誉を築き上げた人間を、なぜ人々はバッシング
し、頂点から引きずり下ろそうとするのか?
 
 この映画のテーマは、ずばり偏見と差別である。
 性の問題。性の偏見や差別と戦い続けたキンゼイ
 これが、彼の立場が180度転じて、偏見と差別の対象となる。
 なんと恐ろしいことだろう。これが自由の国アメリカなのか・・・。

 単に、性差別ではなく、人種や宗教、そして思想による偏見、差別とい
った問題にまで、テーマが深まっていったのには、驚かされる。凄すぎる。

 あと、日本人はわかりずらいシーンがあったので解説しておこう。
 映画の後半で、白黒テレビに喚問シーンが放映される。
 これは、「赤狩り」の喚問シーンである。
  
 「赤狩り」とは、米ソの冷戦が激化していた1940年から50年代にかけて
行なわれた、共産主義者狩りのこと。その活動は過激なものになり、実際
は共産主義者でない者も、嫌疑をかけられ、アカのレッテルをはられ、自
殺者まで出ている。
 ハリウッド映画が共産主義的であると、赤狩りのターゲットとなり、バ
ッシングを受けた。チャップリンの「独裁者」も槍玉にあげられ、チャッ
プリンはアメリカを去った。
 「赤狩り」はアメリカの歴史、そしてハリウッドの歴史を語る上で避け
ては通れない大事件である。
 それを頭の端において、この映画を見て欲しい。
 
 「セックス」「セックス」という言葉を何度も使うと、「けしからん」
というお叱りの言葉を受けそうだが、それこそがこの映画で扱われている、
「偏見」というものだ。映画を見ていただければ、この映画が「性」、あ
るいは人間の「生」というものを、どれだけ真面目に描こうとした作品で
あるかは、誰にでもわかるはずである。
 
  お薦めする人
・リーアム・ニーソンが好きな人
・人物描写のしっかりとした映画を見たい人
・アメリカの歴史に興味のある人

 お薦めしない人
・性の解放に目くじらを立てたくなる人

樺沢の評価 ★★★★  (★5個が満点)

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■3 精神医学の目  (ネタバレなし)
─────────────────────────────────
┌────────────┐
  認知症に気付くとき               
└────────────┘

 読者から次のようなメールをいただきました。

>ところで本日配信されましたメルマガ
>「ボケに気づく時、そして・・・」の原稿で気になったのですが・・
>今は「痴呆症」を「認知症」と変わるなど・・・と言われていたような

>ボケ、痴呆はきつい響きに聞こえてしまうのですが・・・
>ちょっと神経質すぎますかね〜
>初めてのメールで、クレームめいたことを申し上げてしまいましたが、
>少々気になりましたので・・・

 「痴呆症」が「認知症」に変更になってたとは、正直知りませんでした。
 アメリカにいるので、全く日本の流れには取り残されています。
 貴重なご指摘ありがとうございました。

「痴呆(ちほう)」にかわる呼称を議論している厚生労働省の検討会は
(04年11月)24日、「認知症」が最適だとする報告書をまとめた。厚
労省は同日から認知症を使うことにし、法律上の用語は05年の通常国会
で関係法を改正する。同省は同日、都道府県や関係する学会、日本新聞協
会などに変更を求める通知を出した。
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20041224/K2004122402710.ht
ml
(gooニュースより)

 実際には、2005年を通して法改正をし、4月から広報活動も活発にして
いく、とのこと。新聞などは、もうすでに「認知症」に変わっています。

 この呼称変更の問題。何年も前から、学会などでは議論されていました。
 「痴呆」とは、「痴(し)」れて「呆(ぼ)」けるという蔑視的、差別的な
意味合いを含むということから。
 
 では、新しい「認知症」が本当に良いのかというと、なかなか難しい。
 この呼称変更に対して、反論もかなり出ているようです。

「認知症」「認知障害」「記憶障害」「もの忘れ症」「記憶症」「アルツ
ハイマー(症)」の6候補で、六千人のアンケートをとったらしいのです
が、どの対抗候補もパッとしない。というか、学問的に間違えを含んでい
ます。

 「認知症」とは、「認知障害」を引き起こす病気という意味でするが、
「認知障害」というのは、精神科の病気ほとんど全てに認められます。
「認知」と言った場合、精神科的には二つの意味があります。一つは、記
憶とか周囲の状況の認識など大脳高次機能のこと。つまり、「認知症」で
主に障害される認知です。
 もう一つは、思路、思考、考え方という意味。例えば、うつ病の患者さ
んは、物事を否定的に捉えがちな、考え方の傾向を持っています。これも
また「認知障害」と言います。この後者の認知障害は、うつ病、神経症、
統合失調症、アルコール依存症など、多くの精神疾患に認められるわけで
す。

 また一般的には、「私の子供を認知してちょうだい」なんて使い方もあ
って、「認知」という言葉、とても広い意味を指し示します。

 新しく認知症、認知症っというじゃなーい。でも、どの認知?
 認知って、たくさん意味ありますから。残念!! 呼称変更斬り〜

 さて、「記憶障害」「もの忘れ症」についてはどうでしょう。
 記憶障害(すなわち、物忘れ)は、「認知症」の主症状です。
 ただ、他にも実に多様な症状を呈するのが、「認知症」の特徴です。
失認...道に迷う。トイレがわからなくなる。
失行...服が着られない。身の回りの簡単な動作が出来なくなる。
失語...言葉が思うように出ない。「あれ」「それ」という指示語が多く
なる。
実行機能の障害...計画や段取りが立てられない。例えば、料理の献立を
作れない。
 といった症状です。

 つまり、「記憶障害」は「認知症」のたくさんある症状のうちの、ほん
の一部に過ぎないのです。物忘れ以外にも、「認知症」はいろいろな症状
を出すことは、覚えておいていただきたい。

 では、「ボケる」という言葉は、どうでしょう。
「ボケる」という言葉に差別的な雰囲気を感じる人もいるでしょうが、私
は必ずしもそう思いません。

「呆け老人をかかえる家族の会」の方は、『「痴呆」という言葉は「痴」
と「呆け」で、2重に侮蔑している。ボケはひとつでそこには、やさしさ
も感じられる。』と述べています。実際、この会の名称として、「痴呆老
人」ではなく「呆け老人」が使われています。
 精神科の現場に長くいた私としては、「ボケにやさしさも感じられる」
という意見に全く賛成です。
 
 患者さんの家族は、「じいちゃん、少しぼけできたみたいなんですけ
ど」と言う。「痴呆症かどうか、調べてください」と言って病院に来る人
はは、まずいないのです。
 特に、痴呆、じゃなくて「地方」ほどこの傾向が強い。
 田舎に行けば行くほど、「痴呆」という言葉一般的ではなく、「ボケ」
という言葉が、ごく普通の日常語として使われています。

 また、私が診断の結果「痴呆症の疑いがあります」なんて言うと、「そ
れって、ボケですか」と聞き返される。「痴呆症」という言葉は、少なく
とも高齢者の間では、難しい言葉で、あまり浸透していない、というのが
私の実感です。
 大都市。若い人、学歴のある人の間では知られていますが、だから皆が
知っている言葉ということにはならないのです。
 だから私も説明する時は、「痴呆症」ということば極力使わないで、患
者さんと家族が良く知っている言葉を使って、「少しぼけてきたかもしれ
ないね」といった感じで説明していました。すると、非常によく理解して
いただけます。
 こういう方たちに、『これからは「ボケ」も「痴呆症」と言う言葉も決
して使ってはいけません』というとどういうことになるでしょう?

 したがって、「痴呆症」という言葉なくなるのは良いとしても、「ボ
ケ」という言葉もなくなってしまうのが、良いことなのかは難しい問題で
す。
 
 また、「ボケてきた」という言葉、感覚は、「認知症」の早期発見にと
っても役立つていたはずです。
 
 例えば、じいちゃんが道に迷って家に帰ってこれなくなった。
 家族は、何と思うでしょう。
「ボケてきたのでは?」と思のです。

「記憶障害が強まってきたみたいだ」
「認知症になったのでは?」
とは、決して思わないはずである。

 実は、「ボケてきた」というのは、とても広い範囲の行動異常を包括す
る概念なのです。記憶障害の他に、失認、失行、失語、実行機能の障害の
どれが出現したとしても、患者さんの家族は、「ボケてきた」と認識し、
病院へくるきっかけになります。
 つまり、「認知症」の早期発見に有用な言葉であると言えるのです。

 そういう深い意味をこめて、40号のタイトルを「ボケに気付く時、そし
て・・・」にしたのです。
 例えば、それに引きかえ、今回の「認知症に気付くとき」というタイト
ルはどうでしょうか?
「一体、どういう意味?」と疑問に思った人も多いでしょう。
「認知症」という言葉が、広く<認知>されるのに、一体何年かかるのでし
ょうか。

日本の精神医療の現場では、「認知症」はどのような受けとめかたをさ
れているのでしょう?
 メルマガ『精神科医熊木徹夫の「臨床公開相談」』
http://www.mag2.com/m/0000139489.htm
の熊木先生に尋ねてみました。

「認知症」という呼称はまだ「統合失調症」ほど日本の医師の間では浸透
していません。その原因として、「統合失調症」の場合と較べ、社会や医
療の現場でコンセンサスを得るために、これまで緻密な働きかけがなされ
てこなかったこと、そしてこの病名自体の指し示すものがあまりに曖昧す
ぎること(せめて「認知失調症」とでもしなければ病状を正確に伝達でき
ない)などが挙げられるでしょう。

 やはり、厚生労働省の決定は、突然だったせいもあり、精神科医の間で
も十分なコンセンサスは得られていないようです。

 「認知症」という呼名変更によって、差別的な問題は減るでしょう。
 しかし、同時に「ボケる」という言葉も、消えていくことに寂しさと、
それによって「認知症」の発見が遅れるのではないか、という危惧があり
ます。

 だから、ここで声を大にして言いたい。
 「認知症」について、もっと学ぼう。
 
 おそらく、厚生労働省も一般への教育、広報に力を入れていくとは思い
ます。 私も個人的に、引き続き皆さんに情報提供していくつもりです。
 「認知症」は、早期発見、早期治療を開始すれば、「手の施しようのな
い病気」ではないのです。

 今回は、かなり真面目な論評をお届けしました。 
 「ちっょと難しい」と感じた方もいらっしゃるでしょうが、以前行なっ
たアンケートで、「社会問題や実際の事件などに関する精神医学的なコメ
ントを増やして欲しい」という、希望が多かったので、そうした希望もふ
まえて、いつもと違った雰囲気の論評にしてみました。 

 最後に、厚生労働省の方に一言。

 病気は(厚生省の)会議室で起こってるんじゃない。現場で起こってるん
だ。 (「踊る大捜査線」より一部改変)

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第41号 「ミリオンダラー・ベイビー」紹介、「ロスト・イン・トランスレーション」分析

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       シカゴ発 映画の精神医学

  ●第41号●   2004年1月13日発行          
 
    発行者 :    樺沢紫苑 
   発行部数 : 5338部
メールマガジン登録:http://www.mag2.com/m/0000136378.htm
   
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    【 目 次 】
■1 はじめに 
■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
      「ミリオンダラー・ベイビー」
■3 今週の映画分析  「ロスト・イン・トランスレーション」
(ストーリー紹介)      樺沢的日米文化論  

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■1 はじめに
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 1月26日にアカデミー賞のノミネートが発表されます。
 授賞式は、2月28日です。

 毎年、アカデミー賞はビデオに録画して見ていますが、結果のわかった
授賞式を見ても、サッカーの試合を録画で見ているようなもので、正直緊
迫感がなくてつまらないですね。
 また、日本では授賞式が月曜になってしまいますので、生で見ようとし
ても見られないという。
 以前、丁度月曜が休日の日に重なった時、生で見ましたが、緊迫感があ
って本当におもしろかった。
 今年は、アメリカにいますので、当然生放送で見られます。
 ポップコーンにビールでも飲みながら、テレビにかぶりつこうかと、今
から楽しみです。

 あと、アカデミー賞授賞式を見ても、日本未公開作品が半分以上なので、
見てない作品が受賞しても、喜びが実感できないというのがありました。
 今年は、ほとんどの作品をすでに劇場で見ていますので、そうした点で
もより楽しめそうです。
 
 アカデミー賞のノミネート作品に関しては、「映画紹介」のコーナーで
も引き続き紹介していきます。私の紹介文を読めば、映画の雰囲気は何と
なく理解できるでしょうから、全くの情報なしで授賞式を見るよりも、み
なさんも面白く見られると思います。
 そんなことも意識しなが紹介文を書いていますので、まだ日本公開が先
の映画が多いですが、是非お読みください。今月の「ミリオンダラー・ベ
イビー」も何部門かは受賞するかもしれません。

 また、アメリカでのアカデミー賞の反響などについても、お伝えしてい
きますので、お楽しみに。

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■2 日本で一番早い!!  アメリカ最新映画紹介 (ネタバレなし)
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┌─────────────┐
 ミリオンダラー・ベイビー        12月アメリカ公開
└─────────────┘

 これは、ほとんど70年代の映画である。
 画面の雰囲気。全体の雰囲気が。
 最近はちっとも流行らな